みつさんの家を初めて訪れたのは3月中旬だった。古い座敷から見える庭の蝋梅の花に落ちる雨が、冷たい午後のことだった。
みつさんは74歳で小さくて痩せていた。子供には恵まれず、夫が10年前に亡くなってからずっと1人暮らしをしてきた。多発性関節リウマチを患い5年になる。雨の降る日や寒い日は関節が疼き、立ったり座ったりすることが辛いと言った。鍋をつかむことや、包丁を持つこと、びんの蓋を開けることなど、指先が痛くて辛いが、食事の用意も後片付けも2時間かけてしていた。
1ヶ月に1度の近医への受診は、杖をつき、転ばないように歩いて行く。ボランティアを利用することを民生委員に勧められたが、他人のお世話になることは気兼ねであった。
その日、私は更新のための認定調査に訪問した。前回は要支援1であるので、1週間に1回、介護予防の訪問介護を利用し、買い物をお願いしていた。玄関とトイレには手すりをつけてもらった。例えば、1群の「洗身」の項目は、自分で洗えるところだけ浴室にて洗う。背中は洗えないけれど我慢、我慢。だから「介助されていない」の選択。2群の「移動」は、不自由ながらも家具や壁などにつかまりながら、ゆっくりと歩く。見守りをされているわけではない。だから、「介助されていない」となる。ズボンの着脱も腰まであがらなくても、疼く指で上げられるところまで。だからこれも「介助されていない」となる。「簡単な調理」も然り。ただ、「買い物」だけは重いものが持てず、ヘルパーさんにお願いしているので「一部介助」である。私は関節のこわばりも我慢の程度も鉛筆で濃く特記事項の紙に書く。
2017年4月を目途に、中重度の要介護者や認知症高齢者への対応強化となり、要支援の軽度者の利用制限が始まる。みつさんの訪問介護は、市町村の財源と資源で運営されることになる。住み慣れた地域で気兼ねなく安心して生活するとはどういうことか。本当に必要なものに手が届くケアの仕組みは、どのように進められていくというのか。
花冷えなのだろう。冷たい雨の日は誰も道を歩いていない。この地域は、高齢者ばかりの古い農村である。お互いの安否を案じながらも、夕方早く灯を消すことが当たり前の集落である。