(1) 新宿に見える介護事情。
▲新宿の繁華街から外れた場所には、集合団地の並ぶ地域が見られる。
―「新宿」にも、介護事業所があるんですね。
坂本さん: はい、町を見渡すと私たちの事業所以外にもけっこうありますよ。
―この辺に住むというイメージはないのですが。
坂本さん:新宿は繁華街やビジネス街の印象が強いようですが、意外と民家や団地が多いんです。裏通りや少し離れた場所、大歓楽街の歌舞伎町にも利用者さんがいらっしゃいます。高齢者の介護とは縁遠い町のように見えますが、実際にはそうでもないんですよ。
―こちらの事業所で担当されている利用者さんのエリアを教えていただけますか?
坂本さん:新宿全域のほかに、遠いところだと渋谷区の広尾や初台、千代田区の半蔵門あたりまでお伺いします。昨年まで、私は台東区に住んでいる利用者さんも担当していました。
▲利用者さん宅に向かう坂本さん。歩くスピードは、かなり速い。
―ヘルパーさんの移動手段は?
坂本さん:ヘルパーさんは自転車や電車を使用しますが、私はできる限り歩いて移動するようにしています。自転車だと混雑した街の中を走るので危険な面が多々ありますし、場所によっては電車を使っても歩きと大して時間が変わらないところもありますしね。
―徒歩だと、この辺の地理にも詳しくなるのでは?
坂本さん:はい。ヘルパーを始めてから、ずいぶん道を覚えました。もしかしたら、自宅周辺より新宿のほうが詳しいかもしれません(笑)。もともと地理は苦手なので、最初の頃は早めに事業所を出発するなど慎重に行動していましたよ。徒歩で移動できる場所は限られていますが、新宿の様々な顔が見えて面白いですね。
―こちらの利用者さんは、どういった方がいらっしゃるのでしょうか?
坂本さん:介護の世界にも、「新宿」という町が映し出されているように感じますね。私たちの事業所には、ご家族と住まれている日中独居の利用者さんが目立ちます。でも、完全独居の利用者さんも少なくありません。経済的には豊かで立派な家にお住まいなのに、ひとりぼっちで寂しく暮らしていらっしゃる方もいます。その一方で、お風呂もガスもない家に住み、人間らしい生活すらできない暮らしを余儀なくされている方もいらっしゃいます。地域の色合いや利用者さんの環境がまったく違いますから、私たちは訪問するご家庭や利用者さんに合わせたサービスを提供するように心がけています。
▲同行中の住宅街で見かけた、高齢者らのご近所づきあいの様子。
―利用者さんのご近所づきあいはどうですか?
坂本さん:民家でも団地でも、長年同じ場所に住んでいらっしゃる方は、昔からのご近所づきあいがあります。しかし、最近このあたりに引っ越してこられたばかりの利用者さんは、やはりご近所との関係性が薄いようです。そういったお宅を訪問すると、帰り際に利用者さんは決まって寂しそうな顔をなさいます。私たち以外で身近に話す相手がいないから、都会の中でポツンとひとりぼっちになってしまったような気分になるのでしょうね。人との触れ合いは大切なんだなぁと実感します。
(2) ヘルパー不足で、外国人のヘルパーさんも。
▲事業所に戻ると、忙しく電話対応する坂本さん。
―最近の介護業界の事情を教えていただけますか?
坂本さん:日本人のヘルパーの資格保有率は高いのですが、残念ながら実際の労働力には結びついていません。だから、慢性的に人手不足なんですよ。メディアで報道されている通り、その主な原因は「収入」だと思います。ヘルパーの仕事より体力的に楽な他の仕事で、時間どおりに働いているほうが割に合っていますから。そんな現状を打開しようと、外国人のヘルパーさんを増やす動きが少しずつ出始めているようです。
私は日ごろの業務以外にも外国人のヘルパーさんを育てるための講師も当社でしているんですよ。
―生徒さんの年齢層は?
坂本さん:若者からお孫さんがいる年齢の方まで幅広いですね。私の生徒さんは外国の方ばかりですし、とても刺激になります。教える立場にある私の方が、日々生徒さんに教えられている気がしますけれどね。
―教える立場で思うことはありますか?
坂本さん:人に物事を教える難しさと、学びの姿勢を常に持ち続けることの大切さを改めて実感しています。誰かに何かを教えるためには、自分自身がしっかりと勉強して、知識や経験を身につけなくてはいけないんですよね。本当に、毎日が勉強なんだなぁとつくづく思います。講師の仕事は、今の自分を写す鏡のようで深いです。
▲少しの空き時間を利用して事務作業もこなす
―講師をしていて「難しいな」と思うことはありますか?
坂本さん:言葉の苦労は絶えません。たとえば日本語で「ハシ・はし」といっても、「橋」・「箸」・「端」という3つの漢字と意味がありますよね。このように日本語には「ひらがな」・「カタカナ」・「漢字」がありますが、これを理解してうまく使いこなすことが外国の方には難しいようです。特に介護の専門用語を覚えるのは大変みたいです。だから、できるだけ分かりやすく伝えるために、身振り手振りを交えて教えるようにしています。
介護の現場では記録が何より大事。だから、言葉を身につけるのに皆さん一生懸命なんですよね。生徒さんどうしで教えあっている光景もよく目にします。前向きで積極的な生徒さんの姿を見ていると、私も頑張らなきゃなって思いますね。
―言葉の問題は現場にも影響がありそうですが、その点はいかがでしょうか?
坂本さん:現場でも言葉の問題は大きいみたいです。でもそれ以上に、文化の違いに戸惑うようですね。ヘルパー側も利用者さん側も、一生懸命だからこそ起きてしまう誤解もないとは言えません。そういう意味では、日本人のヘルパーさんよりもっと大変な思いをしているのではないでしょうか。でも、皆さんひたむきでとっても明るいんですよね。現場に活気をもたらしてくれる貴重な存在だと、私は思っています。
今後も外国人ヘルパーの数は増えるでしょうから、彼らにとってより働きやすい環境作りも大切になってくるでしょうね。私の立場でできることがあれば、率先して動いていきたいです。