医療と福祉の違い
福祉は何通りものやり方がある。奥が深いと思いました。
事業所の目の前には田園が。青い空と一面に広がる緑に心和む。
―蒔苗さんは医療と福祉、それぞれの現場を交互に経験されてきた、とうかがいました。それはどんな経緯からでしょう?
最初は看護師を目指して、病院で看護助手として働いていました。その病院は、働きながら看護学校に通うことのできる制度が導入されていて、それを利用するために選んだところでした。ところが、途中でその制度がなくなってしまって…。医療の道に進むには金銭的に厳しく「さて、どうしよう」と今後の自分の方向性を考えなければいけなくなったんです。そんな時、ふと福祉に興味をもちました。入院患者さんにはお年寄りの方も多くて、そうした方の老人介護も面白そうだなって。
―福祉のどんな部分に興味をひかれたのですか?
医療であれば、例えばドクターが患者さんを治療するのに、この病気にはこれとこれとこれの3つの治療法があります・・・と選べる幅が限られているんですね。ところが福祉には、何通りもの方法がある、これは奥が深そうだなぁ・・・と思いまして。
玄関は全面ガラス張り。中にいても外の天気がすぐ分かります。
―で、福祉の方に?
はい。その病院で4年目のときにヘルパー2級の資格を取得して、まずは介護の初歩的なお仕事を勉強させてもらうため、病棟担当に異動させてもらいました。それまでは外来の治療室配属だったので、シーツ交換やおむつ交換すらしたことがなく・・・。まずはみっちりその現場で経験を積んで、1年後には施設へうつろうと決意していましたね。
―それで実際に、1年後には特別養護老人ホームへ異動されたんですよね? そこではどんなことを経験されたのでしょう?
福祉で最初に特養を選んだのは、他に介護老人保健施設、デイサービス…とあるなかで、夜勤もあり一番仕事が大変なイメージがあったからです。デイサービスに行く前のステップと考え、まずは厳しい環境からスタートしようと(苦笑)。そこでは、経管栄養が必要な寝たきりの方がいる重症部屋を担当しました。
体交してもあせもができてしまうご利用者さんには、車イスへ移乗して日向ぼっこを。その間に布団を干して、通気性のよい綿布団に変えたり、白い壁に折り紙を貼って目で楽しんでもらったり…。
わりと自由にできたので、居心地のよい環境づくりにも気を配っていました。3年経って、技術面やご利用者さんとの関係性もスムーズに対応できるようになったので、満を持して今度はデイサービスだ、と。
蒔苗さんのデスクの後ろには、一目で分かる大きな勤怠表ボードが。
―特養からデイサービスにうつられて、環境の変化に戸惑いなどはありませんでしたか?
特にありませんでしたね。福祉ってカラーは所々違いますが、やるべきことは同じなんですよ。不安はなかったです。ただ、言葉の使い方にはものすごく気を遣いました。私たちヘルパーがご利用者さんにお伝えした内容が、ご家族に捻じ曲がって伝わることがあるんです。例えば「この日に来てほしいのですが、来れたらいいですね」と希望をお伝えしたのに、ご家族には「来てほしい、と言われた」と確定事項のように伝わることも。それでトラブルになるケースも結構ありましたね。日本語って、ニュアンスやイントネーションの上げ下げによっても受け取り方が変わるので難しいんですよ(苦笑)。そうした言葉遣いや接遇に関しては、介護のなかでよく話題になっていました。
―でもそのへんは、ヘルパーさん1人1人が気をつけていくしかないですよね。ご利用者さんの性格によっても受け取り方が多少異なってくるでしょうし・・・。
そうですね。敬語を堅苦しく感じるご利用者さんには、少しお友だち感覚の言葉を混ぜてみたり。日々介護するなかで、ご利用者さんの性格や生活リズム、家族とのコミュニケーション具合などを上手に聞きだすんです。これは今でもそうですけれど、なるべく早くその方の性格を見極めることが介護の一番のポイントだと思いますよ。
さっと書類に目を通す蒔苗さん。机周りはスッキリと片付いています。
―これって蒔苗さんが介護に興味をもたれた理由『方法が何通りもある』とおっしゃられていたことにもつながりますよね。ご利用者さんそれぞれにあわせて対応する内容も変わってくる・・・と。
医療というのは完治すれば終わりですが、介護は日々変化するご利用者さんに、十通りのやり方があったら、十通り試してみないと分からないんですよ。しかも、それを1つ1つ試していたらキリがない(苦笑)。でも、だからこそ面白いと思えるんでしょうね。常に探求すべきことがあるというのも、この仕事の魅力なんじゃないでしょうか。